私は静寂の世界とは何かと聞かれると、どこか遠くの雪山を思い浮かべる。それは自分の最も好きな世界でもある。

しかし、レンズ越しに見るその世界に雪を切る音が近いてくる時、その数秒間はより特別である。

なぜなら、私は目の前の斜面を駆ける滑り手と同じベクトルで今に存在していると感じるからだ。

202312月初旬、北海道のスノーシーズンが丁度始まる頃、私と山岳ガイド/スキーヤーのMakoさん(Hokkaido Expeditions)はカナダ、アルバータ州谷間の小さな街、キャンモアに居た。彼が昔、選手時代に過ごした地を30年振りに滑りたいという事で同行した。

ここ数年、エルニーニョ等の気候変動による暖冬が続く北半球。ワプタ氷原の氷河も10年前と大きく形を変えたと現地でスキーガイドをするYujiさん(Onsight Canada)は言う。実際、標高2000m以下の斜面にはスキー滑走出来る程の雪が付いておらず、剥き出しの岩はスキーを削った。

ゴールデンの街には季節外れの雨が降った。ホステルのフロントに居合わせたおじさんもこんな事は初めてだと言っていた。どうやら来る時を間違えてしまったのかもしれない。

新しい山域へ入る朝、外は大雪だった。どうやら今年の最初のストームが予報より1日早く届いたようだ。

新雪の斜面を7時間程歩いただろうか。青白い闇が迫るロジャースパス。まだ降り続く雪の奥に薄ら見えた分厚い氷河の壁が見えた。

明日は氷河の上を滑る。

The Spur of Wonderは段々と姿を変えるカナディアンロッキーの氷河に刻んだラインの記録である。